2016年07月06日

核戦争によって人類は絶滅する

昭和57年に顕正会は、それまでの「妙信講(みょうしんこう)」との名称を変更して、「日蓮正宗顕正会」と改名した。
その時に、浅井会長は「あと二十五で広宣流布できなければ、核戦争によって人類は絶滅する」と宣言しています。

<富士250号 p252>
fuji250-252.jpg

顕正会の皆さんお答えください。
昭和57年から25年は経ちました(2007年)、今の状況を次から選択してください。
(1)広宣流布できたので、核戦争は回避された。
(2)浅井会長の宣言は、真っ赤なウソでした。

さぁ!お答えください。
posted by 向上長チームK at 12:00| 終末思想

2016年07月05日

昔は学会も「国立戒壇」と言っていた

顕正会の皆さんは、昔は学会でも「国立戒壇」と言っていたではないか!と主張します。
事実、過去の大白蓮華に「国立戒壇」発言は掲載されていました。
「日蓮大聖人の至上命令」「日蓮正宗の宿題」「創価学会の唯一の大目的」と、過去に言っていたではないか!これが顕正会の主張です。

学会を謗法と言っているのに、学会が言っていた事を根拠にするのは、自己矛盾ですね。

昭和45年に当時の日蓮正宗法主である細井日達が、国立戒壇は誤りであるとして、今後使用しないと発表しています。

「わが日蓮正宗においては、広宣流布の暁(あかつき)に完成する戒壇に対して、かつて『国立戒壇』という名称を使っていたこともありました。
 しかし、日蓮大聖人は世界の人々を救済するために『一閻浮提(いちえんぶだい)第一(だいいち)の本尊此(こ)の国に立つ可(べ)し』と仰(おお)せになっておられるのであって、決して大聖人の仏法を日本の国教にするなどと仰せられてはおりません。
 日本の国教でない仏法に『国立戒壇』などということはありえないし、そういう名称も不適当であったのであります。(中略)

 今日では『国立戒壇』という名称は世間の疑惑を招くし、かえって、布教の邪魔にもなるため、今後、本宗ではそういう名称を使用しないことにいたします。
 創価学会においても、かつて『国立戒壇』という名称を使ったことがありましたが、創価学会は、日蓮正宗の信徒の集まりでありますから、わが宗で使用した名称なるゆえに、その「国立」なる名称を使用したにすぎないと思うのでございます。
posted by 向上長チームK at 06:00| 国立戒壇

2016年07月03日

国立戒壇の条件でも矛盾

顕正会の皆さんは、日本の「広宣流布達成の暁」に「国立戒壇」を建立すると主張されます。

そして「三大秘法禀承事」を熱く語るのです。

三大秘法禀承事 御書p1022
『仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時』

「有徳王と覚徳比丘」の故事は涅槃経に説かれています。
末法において仏法がまさに滅せんとする時に、正法を護持した僧侶「覚徳」が正しく仏法を説くが、悪僧らに迫害され殺されそうになった時に、時の国王「有徳」が命と賭して「覚徳」を護り死んでいくお話です。

この故事は、正法がまさに滅せんとする時を描いているのです。
すごい矛盾ですよね?顕正会が言う日本の広宣流布達成戒壇建立の条件とは正反対です。

顕正会の皆さん御書を読みましょう。
posted by 向上長チームK at 12:00| 国立戒壇

2016年07月02日

矛盾!富士に本門寺の戒壇

顕正会と言えば、「国立戒壇」ですね。

しかし、どの顕正会員に聞いても明確な返答ができない重大な矛盾があります。

身延相承書[総付嘱書] p1600
『日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり』

顕正会員は、元気いっぱいに「身延相承書(一期弘法付嘱書)」にある富士山に本門寺の戒壇を建立することとの御文が、大聖人の御遺命の国立戒壇だ!と主張してきます。

しかし、日興上人に「身延相承書(一期弘法付嘱書)」をもって付属されたはずですが、当の日興上人の御書と重大な矛盾があるのです。

富士一跡門徒存知の事 p1607
一、本門寺を建つ可き在所の事。
『彼の本門寺に於ては先師何の国何の所とも之を定め置かれずと。』

上記の日興上人の御書には、「かの本門寺」については先師(日蓮大聖人)は、どこの国ともどこの場所とも決められていませんでしたと書かれています。

顕正会の皆さんは、この矛盾を説明できずに沈黙するか、意味不明な言葉を発して帰ってしまいます。
posted by 向上長チームK at 12:00| 国立戒壇

2016年07月01日

正本堂にキリスト教の神父が!

顕正会ではどうしても「正本堂」を誑惑の殿堂と言いたいらしく「正本堂にキリスト教の神父が入って祝辞を述べた」ことが謗法だ!と今でも言っています。

しかし、キリスト教神父が参列したのは、御本尊御遷座前の「完工式」で、「完工式」に信徒以外の工事関係者を招くのは顕正会の浅井会長も了承していました。

しかも、それを浅井会長は自分の手柄のようにさえ言っていたことは、忘れてしまったようです。
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妙信講(顕正会の前身)機関紙「富士」250号
posted by 向上長チームK at 12:00| 自語相違